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第四集配布、第三集WEB公開、始まりました📗

 先輩がきれいな二重の幅を保ったまま目を優しく細めて「よう、似合うてる」と言った。
 四つ銭湯を回ってスタンプを集めたらオリジナルタオルをもらえるという企画で「ゆ」「ゆ」「ゆ」とひたすら「ゆ」がちりばめられたデザインのタオルを「わーい!」とはしゃいで頭にのせたら、言いやがった。
 この人はいっつも私の目の中に愛しさを注ぎ込むみたいにしてじっと見ながら喋ってくる。頭の中がわんわんする。ええかげんにせえよ、私が私でなかったらとっくによろめいてるぞ。先輩はいまにもその大きな手のひらで私の頭をポンポンしそうだった。じっさい宙に手を差し出しかけて、それはやりすぎと思ったのかひっこめた。私はそれを何も知らないふりして、「えへへ、にあうって言われたー」と過剰に無邪気を演出した。
 そんな自分が気持ち悪いってことは重々自覚している。常に少女漫画ムーヴをかましてくる先輩に対して私も張り合うみたいに少女漫画ムーヴをかましてしまう。いい年をした既婚女性が。
 朝、家を出るとき見た大介を思い出す。股の間に両手を挟み、ソファでじっと横になっている。痔の手術をしたときに、これがいちばん体のいきみが抜ける姿勢と習ったそうで、眠りに入るときも目覚めに向かう時も、落ち込んだときも大介はその姿勢をとる。
「なんか落ち込んでる?」と声を掛けると、ううん、と首を横に振った。
 先輩と銭湯行ってくる、と大介にはちゃんと言ってある。ちゃんと言ってあるし、銭湯やから現地では別行動やし、そのあと一本だけ缶ビール飲んであっさり解散するだけやから、問題ないやろって思う。先輩と寝たこともキスしたことも手をつないだこともない。ただ、先輩は栄養分および美容成分やねん、私の。と大介に心の中で言い訳する。
 先輩はめちゃくちゃモテる。きれいな顔してるし、高身長やし、目のぞき込んでくるし。しょっちゅうメンヘラ女に付きまとわれて、「あなたのこと救えるのは私だけ」とか「本当は私のことが好きなんでしょう」とか詰め寄られるらしい。先輩のその話を聞くのが好き。醜態を晒しているのは私だけじゃないと思えるし、その話を聞かせてもらえる自分に他の女とは違うという優越感を感じる。でも、先輩は十中八九、こういう話を他のみんなにもしてんのやろな。先輩はどんな女の子にも自分だけは特別と思わせて、それで気持ちよくなっている。そういう気持ち悪いやつ。でもそこには目をつむってる。
「この人、私のこと好きなんちゃう?」という状態がいちばん罪がなくて最高に楽しくて、それをずっとキープしていれば毎日は輝く。結論はいらん。甘い予感の上澄みだけ啜ってできるだけこのままいきたい。先輩もそうやろ。だから誰とも付き合わんで、彼氏持ちとか夫持ちとか会社の先輩とか、深入りしなそうな人ばっかり選んで、あくまでも親しい異性、というていの銭湯だのミニシアターだの古本屋だのに連れて行くんやろ。あっちも無料キャバクラを楽しんでる、こっちも無料ホストクラブを楽しんでる。ウィンウィンというわけ。でもそれも今日で終わり。
 いつものように缶ビールを私の分まで取り出そうとした先輩に、「あ、私こっちで」とサイダーの瓶を自分で取った。
「どしたん? 調子悪いん?」先輩は聞く。
「えへへ、おめでたです」と脳内練習どおりにお腹をまあるく撫ぜながら言う。先輩はぱっと止まって、「おめでとうやんか~」と言った。
 その顔を探る。私のことほんまに好きやったとかないかな。先輩、私に失恋してくれへんかな。でも目の中のどこを探してもそんな色はなくて、失恋はこっちのものになった。
 サイダーの栓は保冷ケースにぶら下がっていた栓抜きで先輩が開けてくれた。ほんまは自分で開けられたけど、これで最後にするからええやろ。
 手を振って先輩はあっち、私はこっちに分かれて道をゆく。充分離れたところで手を開く。王冠。これくらいは奪ってもええやろ。