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第四集配布、第三集WEB公開、始まりました📗

 こんなにあっさりに約束を破られるなんて思ってもみなかったから、私の気持ちは現実の上澄みのあたりをふわふわする羽目になる。
 人間が想像できないことをコンピューターはそのうち考えられるようになるみたいで、それをシンギュラリティっていうらしい。だとしたらこれは私が想像できなかった未来なので、きっとシンギュラリティなんだ。あれ、シンギュラリティの使い方間違ってるかな。まアいいや。
 でも、今の私の気持ちは幾ら文明が進歩したとてコンピューター風情にはわかるまい。もし、わかるならすぐに教えて欲しい、わからないならなるべく早くわかるようになって欲しい。味方ができたら、もうふわふわしないで済むかもしれないので。
 ちなみに、幸せになれない未来くらいは私にも、きっとコンピューターにも想像ができてて、奥さんと別れる気がないこともちゃんとわかってた。すなわち私はそこまで馬鹿ではない。でも「馬鹿なふり」で成り立つ時間なら、もうちょっとだけ続いてくれるんじゃないか、ってそんな風には思っちゃっていたから、うん、やっぱり少し馬鹿なのかもしれない。
 当然ながら私は、葬儀には参加出来なかった訳だけど、骨になっちゃう前に手くらいは合わせたかった、と思っている。
 人と人との関係性は、秩序立てられた世の中のシステムの範疇や、常識と呼ばれる表面の部分だけでは測ることはできない。そこからはみ出した部分であったり、奥の奥まで探ってみたところにあるもので、ほんのり輪郭が見えてくるものだ。ましてや他人様にひけらかすようなものではなく、あくまで当人同士がひっそりと了承し合うものだろう、と言い聞かせてはみたものの、あの人にとって私ってなんだったんだろう、という気持ちと、いまだになかなか折り合いがついていない。
 こっそりお墓に手を合わせに行くことも考えたが、そもそも私は、お墓の場所がわからない。多分、少し頑張ればわかるんだろうけど、少しでも頑張らなきゃいけない立場なんだとしたら、この場合頑張っちゃいけない気もする。
 だからその代わり毎日思い出している、それがなんの弔いになるかわからないけど、おそらく他の誰よりも。けじめをつけるタイミングをもらっていないんだから、そりゃアそう。
 大きく延びをする。やおら立ち上がりカーテンを開けて、もう夕方なんだということに気が付いた。ほんの僅かではあるが、あの人の置いていった荷物を先週まとめた。五分もかからず、あっけなくまとまったそれは、今部屋の隅で、強めの西陽を浴びて佇んでいる。
 捨てるか、捨てまいか。
 人って、なんの予兆もなく居なくなるんだな。予兆なんてものがあってもたまらない気がするけど、どうしてあの人がこの世とお別れすることを自分で選んだのか、やっぱり私には全然わからない。でも、悩み一つ言わなかったのは、私が格好つけられる居場所だったからだよね。洗いざらい打ち明けられて弱音を吐ける場所ってきっと物凄く大事だけど、普段より多少背伸びして強そうにしていられる場所も、男の人にはちょっと必要なんだよね。難儀な、弱い生き物め。
 細く息を吐いて、振り返る。たった五分でまとまった愛しい残滓。もういないんだ、って思えないけど、今もいるみたい、とは思えない。よし、捨てるか。
 ビニール袋にざっと入れて、ゴミ捨て場に向かう。思い切りが悪くなるので、ごちゃごちゃ考えずに捨てた。良いも悪いもないんだけど、私が良いと思ってるんだからこれで良い。残滓から抜粋した、あの人の返し忘れた瓶をぶらぶらさせながら、近所の酒屋さんに向かう。
 古びた小さな入り口に設えたベンチの横にある、レゴブロックの親玉みたいなプラスチックの赤いケースに、瓶を入れる。ぼんやり眺めた後、恭しく手を合わせて頭を下げて、私の葬儀がようやく完了。酒屋さんの前で腰に手を当てしばらく感慨に浸る。
「これからもたくさん一緒にいよう」って約束を反故された恨みは根深い。だから私も、「ずっと待ってる」って約束はしない。けど、もしも。輪廻転生とか全然わかんないけど、もし、あるんだとしたら。巡り巡って、また私のところへ帰っておいでね。あの人の瓶に向かって、手を振った。