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第一弾、10月27日より配布開始です。📗

「これ私たちからのささやかなお祝い」
 そう言って友美が私に差し出した三本の瓶は、静かに弾けるのを待つサイダーだった。
「千穂これ好きでしょ」
「うわ! ありがとう!」
「小学生の頃、千穂の家でみんなで飲んだよね。懐かしい」
 確かに、と私と友美と真歩は三人でからからと笑った。こうして全員で集まるのは三年ぶりだ。私の鍼灸師の国家資格の合格祝いで幼馴染二人が来てくれた。成人女性三人が集まれば六畳の部屋はいつもより窮屈に感じる。
 早速開けようと瓶の口を捻ると、ざらりとした感覚が手のひらに広がる。瓶の口を確認すると、蓋はギザギザした王冠だ。
「栓抜きがないや」
「これ栓抜きがないと開かないやつじゃない?」
 私の手に収まったままの瓶を真歩が指さす。ざらりとした感覚がまだ手のひらを刺すように残っている。
「友美と一緒に栓抜きはきっとあるよねって言ってたんだけど、栓抜きも買ってくるべきだったか。なんかごめん」
 目の前にあるサイダーと同じように私たち三人は口を噤んだ。私は奥歯をグッと噛み締める。
「栓抜きがなくても開ける方法はあるはず」
 スマホを取り出し、「栓抜き 代用」と検索をかける。昔からある生活の知恵がきっと見つかるはず。検索の一番上に出てきたのは栓抜きがない時の代用アイディア七選。スプーン、十円玉、紙まである。なんらかの方法で開けることができるはずだ。
「十円玉で開くかもって」
 友美が急いで財布をひっくり返し、ほいっと十円玉を手渡してくれる。硬貨を王冠のギザギザ部分に差し込み、力を入れるけれどどうにも滑ってしまう。三人で順番に十円玉に力を込めてみても結果は同じ。蓋がピッタリと閉まったままの瓶が涼しげな顔で私たちの前に立ちはだかっている。
「スプーンはどうだろう」
「それいいって聞いたことある」
 私はキッチンからスプーンを持ってきて、手首を揺らし余分な力を抜く。すくう部分を王冠に差し込み、グッと力を込めてみるが到底うまくいきそうにない。
「ダメかも」
 ぽつりと呟くと友美と真歩が「ファイトォ!」とうわずった声で応援し始めた。それは私たちバレー部のお決まりの応援法で、その高く響く気の抜けた声に思わず吹き出してしまう。
「懐かしい!」
「これが一番気合い入るでしょ。ファイトォ!」
スプーンをもう一度王冠に差し込むが、やはり滑ってしまい、上手くいきそうにない。
「待って、そういえばいいものがある」
 そう言って真歩が自分のカバンに付いているカラビナを取り外した。
「これ栓抜きになってたはず」
 見れば確かにカラビナの一部分にある突起が栓抜きとして使えるようになっている。「せえの」の掛け声と共に全員で「ファイトォ!」と叫ぶと、すぽんと音を立て、王冠がぽとりとテーブルの上に落ちた。あっけなさに驚き、目を合わせた私たちのお腹から弾けるような笑い声が溢れ出した。
「なんで栓抜きついたカラビナ持ってんのさ」
「最近キャンプにハマってて、職場の先輩がくれたのすっかり忘れてたんだよ。ほら、乾杯、乾杯!」
 二人に促されるようにしてテーブルの上に並んだ残りの栓を開け、三人で目を合わせ小さく頷いた。
「千穂、改めて資格合格おめでとう」
「ありがとう」
 人生の大事な瞬間を祝ってくれる友人たちと、変わらず笑い合えている今を噛み締める。食べたいものをデリバリーして、思い出話にまた花が咲いた。

満たされたお腹と心を抱えて眠りについた後にやってくる、一人暮らしの朝特有の静寂すらも今日は心地がいい。空瓶に息を吹き込むと低い音が響き渡った。昔もこうやって遊んだっけ。そう思いながら、鞄と紙袋に入れた空瓶を持って靴を履き、玄関の扉を開け放つ。まだ寒さが残る薄い色をした空の下、いつもよりわずかに重さを感じる腕がひとりで踊り出しそうだ。
仕事へ向かう前に回収ボックスへ空瓶を入れるとほんのわずかに腕が軽くなる。それでも爽やかなサイダーの味と、カラッとした笑い声が今もまだ喉の奥に残っている。