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第四集配布、第三集WEB公開、始まりました📗

 暑すぎる夏の終わり。それは外で飲める季節がまた戻ってきたということだった。あなたが現金を持たないと知っている私はわざと、現金しか使えない美味しい居酒屋を調べて、予約した。
 あなたはまんまと「ごめん! 現金持ってないわ……」と慌てていた。後輩にスマートに奢れない自分をちょっと恥じるようにお芝居して見せながら、私相手だから本当は構わないと思っているような余裕も漏れていた。その余裕まで見えてしまうことに、私はちょっとだけ優越感を感じる。
「え〜全然! 払いますよ〜」と周到に用意しておいた現金をトレイに乗せる。紙幣ってこんなに硬い素材でできてたっけ、と久しぶりに触る指先で考える。自意識過剰なことは承知の上で、色々考えて、コンビニで一万円札を二回崩してきた。自分で千円札をたくさん調達しておいてその数時間後に「千円札ばっかですいません」と必要のない演技をしている私。
 お詫び、と言いつつあなたは、お酒が飲めない私にサイダーを買ってくれた。飲み足りないあなたはビールを買った。今度あなたから飲みに誘ってもらうための作戦だったのに、こんな前倒しのパターンもあるのか、と嬉しくなった。
 ロータリーの花壇に沿ったベンチに並んで腰掛ける。間に二本の瓶を置いて、あなたの左腿と私の右腿が囲んでいる。「企」とか「傘」という漢字の「ひとやね」という部首みたいだな、と思う。笑ったり熱く喋ったりする勢いを利用して体を動かせば、たまにコツンと膝の先をぶつけたり擦ったりできる。腿を密着させるのは秋になってからだ。夏は、お互いの体温が伝わりすぎるから、膝まで。

 夏が始まる前、私の部屋で同期二人と飲んでたら、一人が近くで飲んでるというあなたを呼びつけた。私はお酒は飲めないくせに、お酒を飲んでる人とは喋りたい。部屋は片付いてたけど、あなたが来るとは思っていなかったから少しだけ焦った。
 デリバリーの寿司が届いて、それぞれが小さな四角い銀色の皿に醤油を取った。いつの間にか、私の隣にいるあなたの醤油は干上がっていて、あなたは私の醤油皿に自分の寿司をつけていた。私は構わなかったけど、私があなたの醤油を使ってると勘違いされたらややこしいから「あ、ごめんなさい、それ私のかも」と言うと、あなたは恥ずかしそうに「あ、ごめん、Aのならいいかと思って」と私の名前を呼び捨てにして笑った。学校で書いた母親の似顔絵を隠していたらランドセルから発見されてしまった小学生みたいな、ずるい顔をしていましたよ、あなたは。

 あの夜ロータリーで、サイダーをビールよりも減らさないように注視しながらいろんなことを喋った。ビールが空いた。終電が近かった。そろそろ行く? とあなたが聞いてきて、私はすっとビール瓶を持ち上げた。あなたはサイダーを飲み干してくれた。今日は、全部がうまく行く、と思った夏の終わり。

 思えば、あの夜が一番よかったのかもしれない。
 秋に初めてあなたの部屋に上げてもらった時。あの夜と同じサイダーの空き瓶がテレビ台に飾ってあるのを見て、私は何も聞けなかった。私のキャラなら「え! これってもしかして、こないだの瓶じゃないですよね?」と冗談めかして尋ねることもできたけど、私はしなかった。お酒が飲めない私に「炭酸飲める?」とだけ聞いてあなたが手に取った地サイダーだったから。最近よく見るようになったけど、どこのコンビニでも売ってるような銘柄ではないから。あなたも飲みたくて買ったのか、酔ったあなたがいろんな人に買ってるのか、私が飲んだから駅で捨てずに持ち帰ったのか、今はもう聞けない。実は私は、炭酸は飲めるけど、自分で買うことはないんです。だから、あなたが買ってくれたサイダーを私の最後のサイダーにすることもできます。