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第四集配布、第三集WEB公開、始まりました📗

 地獄の釜が開いているのかと思った。
 手加減しない太陽に照らされていたアスファルトから色なきゆらめきが立ち昇る。吸い込む空気に酸素が含まれているのか疑わしい。肺が焼けるようだった。
 高い建物がない住宅街でのびん回収は日陰に逃げることができない。今日がこんなにも大変な一日になるとは思わなかった。
 集積所に置かれていたびんが入っているコンテナを持ち上げると癪に障る音がする。びんとびんが互いに主張しているようでうるさい。可燃ごみやペットボトルの回収もハードワークだが、びん回収はびんそのものが重いので、コンテナを持ち上げる時に汗が一気に噴き出す。ヘルメットから下は全て濡れていた。まとわりつく作業着が煩わしかった。
 びんを回収し終えた空のコンテナを集積所に置く前に、トラックが煽るように前進する。トラックに置いていかれないようにアスファルトのゆらめきを踏みながら走る。
 俺はいつまでこの仕事を続けなきゃいけないんだ、と思った。
 本当は芸人だけの収入で暮らしたいが、それだけだと妻と二歳になる子供の飯代にもならない。急場しのぎで見つけた仕事がごみ清掃員だった。今は少ないが、芸人としての仕事が増えたら、すぐにごみ清掃の仕事を辞めようと思っている。
 粘り気のない汗がヘルメットの下に巻いているタオルから滴り落ちる。蝉時雨の隙間をぬって自分の息切れが聞こえた。売れるまでの辛抱だと思い、歯を食いしばった。しかしすぐに嘘をつくなと思った。
 もう俺は芸人として売れることはないかもしれない。
 首を数回振った。その考えが自分からなるべく離れるように、大きく頭を振ると汗が遠心力で飛んだ。
 トラックが止まり、運転席のドアが開く音がした。表面張力のように目一杯詰められたびんのコンテナを持ち上げると汗が噴き出し、びんに落ちる。
ースターになるには歳を取り過ぎた
ーチャンスを逃して、もう新しい世代の芸人達にバトンは渡ってしまった
ー俺は使い捨てられた芸人だ
ーそもそもお笑いに向いていないのかもしれない
 体力の消耗と共に、次から次へと考えたくもない思いが浮かび上がってくる。
 運転席から降りてきた横山が、
「これ生きびんだから、日本酒のびんを入れている箱の横に置いておいてくれる?」とトラックのコンテナを指さし、ひとつのびんを俺に渡してきた。
「生きびんってなんですか?」と俺は息継ぐように言った。
「リターナブルびんのことよ。瓶ビールの仲間。洗ってこのまま再使用されるんだよ。他のびんは砕いて、熱を加えっからエネルギー使うけど、リターナブルびんは洗うだけだからエネルギー使わねえんだよ」
 意味がわからなかった。受け取ったびんは他のびんと比べると分厚く、中には拗じられた紙が入っていた。
「リターナブルびんというのは、中に紙が入っているんですか?」と俺はそのびんを眺めながら再び横山にびんを渡した。
「紙? ああ、光の加減で見えてなかった。じゃだめだ」と横山はごみを捨てるようにそのびんをコンテナに放った。
「ったく、へんなもの入れんじゃねえよなあ。こんなの入ってたら生きびんとして使えねえんだよ」
 衝動的にそのびんを拾い上げて、中の紙を取り出したくなった。吐き捨てるように言った横山のその言葉と投げ方に触発された。サイダーと思われるびんの口を逆さにして、何度か振って中の紙を取り出そうとした。自分でもなんでそんなことをしているのかわからなかった。びんを振ることによって奪われる体力があることも自覚していた。
「取れました」と俺は横山に紙とびんが別々のものになったことを見せるように右手にびん、左手に紙を持ち分けて見せた。
「そうなったら生きびんよ。あのコンテナに入れて」とリターナブルびん用の回収箱を横山は顎で指して、笑った。
「紙をびんに入れるバカもいりゃ、その紙を取り出す物好きもいるもんだ」
「人間にへんなものを入れるのも、取り出すのもその人次第ですね」と俺も笑いながら言った。
 笑顔を浮かべていた横山は急に真顔になり、怪訝な表情を浮かべ、俺を見る。
 説明するには暑過ぎた。面倒なので、頭がおかしいふりをすればいいやと俺は横山をじっと見続けた。